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2016-06-11

日本とイギリスのバレエの歴史


昨晩Ballet Attic’s Propの前川さんとFBのメッセで日本のバレエティアラについて久々に熱く盛り上がった中で、同じくバレエ後進国であったはずのイギリスと日本の違いはなんだろね~という話になりました。

そして今日起きてみたら、イギリスはロイヤルバレエ団のプリンシパルに日本人ダンサーの平野亮一さんと高田茜さんが昇格した。って、ニュースになってる。
平野さん、高田さん、おめでとうございます!!
そして丁度話を振るいいネタが転がってきたということで、話の中でうろ覚え部分だったところを前川さんだけに報告しようかな、と思ってたけどブログにアップしてみることにした。

といっても手持ちの文献やネットで調べたことをつぎはぎしただけの簡易な内容だから大した話じゃないんだけどね。ブログ1記事分じゃそんなもんだ

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ロイヤルバレエ団にプリンシパルに選ばれるというのはとても素敵なニュースだけど、逆に言えばそういう才能ある人材は海外に行ってしまうという現状批判ということでもありますので、日本のバレエ業界に満足している方には不快な記事になるかもということはあらかじめお詫びしておきます~~
しょっぱなから毒吐きモードでごめん(=゚ω゚)ノ

でも、お知り合いになったバレエが大好きなお嬢さん達が経済的な事情でやめたり、やめないまでも夢を追い続けることが困難な現実に向き合って悩んでたりするのを見ると、若い頃の貴重な時間と家族の大事なお金をつぎ込むだけつぎ込ませて先がないという状態はやっぱり怒りを覚えるのよ。
バレエの舞台は一人じゃできないのに舞台で自活できるのが数人ってどうよ。
これは完全に事業としては破綻している。好きというだけで就職希望者はあふれてるかもしれないが、自分の人生かけて本気で就職する先としてはありえないでしょ。
なぜこういう現状に怒りの声が出ないで、益々コンクールや教室数ばかり増えていくのか。。。
舞台で食べていけないからだろうとは思うんだけど、さらに才能が分散してしまって狭い市場の資本(生徒)奪い合いの悪循環という気がする。

 

バレエは確かに外国からやってきたものだからまだ歴史の浅い日本では向こうとは同じようにはいかないんだ、という言い訳もあるかもしれないけれど、そこで冒頭書いたように同じように歴史の浅いイギリスはどうなの?ってことです。

日本に(クラシック)バレエが入ってきたのは1912年、大正が始まった頃。帝国劇場にイタリアのジョバンニ・ビットリオ・ローシーが招かれて専属俳優にバレエを教えた。これがいわゆる本当の始まりだけど、 すぐには根づかなかった。それはそうでしょう、という気もする。踊り以前に服装からして受け入れがたいものがあったでしょうし。男性のタイツとかいまだに
次の大きなポイントが1922年、アンナ・パヴロワの日本公演。すでに世界中を公演していた有名なアンナの踊りで、バレエに対する憧憬が増したか。
そのちょっと前にロシアのお国事情で亡命してきたエリアナ・パヴロワ、ナデジタ・パヴロワ(同じパヴロワではありますがアンナとは関係ありません)の地道な努力もあり、1927(昭和2年)鎌倉で日本初のバレエスタジオが建てられた。

しかし、時悪く第二次世界大戦に突入。バレエは敵性芸術とみなされて抑圧される。再び息を吹き返すのは終戦後、だんだん復興が進む1940年代に入ってから。
東京バレエ団が結成され、1946(昭和21)年に『白鳥の湖全幕』 を初演した。ここからが日本のバレエの実質的なスタートだったと言える。
(この東京バレエ団はその後、4年後にあっさり解散。 その後小牧バレエ団、服部・島田バレエ団、谷桃子バレエ団などいくつもに分かれ、 さらにその弟子たちからいくつかのバレエ団が生まれることになる。)

 

さてかたやイギリスと言えばロイヤルバレエの前身となるヴィック・ウェルズ・バレエ(Vic Wells Ballet)をニネット・ド・ヴァロア(前川さん、ニネットも自分の団を持つ前、バレエ・リュスに参加してました。2年程ですが)がロンドンに建てたのが1931年だから、それまでの基盤もバレエ自体の認知度も違うだろうから一概に比較はできないものの、「バレエ団」というプロ集団としてのスタート地点の差異のみ目を止めればたかだか15年ぐらいの差。

あと15年で日本のバレエ業界からロイヤルバレエのようなバレエ団が育つのか。熊さんあたり期待しているんだが

ロイヤルバレエが3大バレエ団の残る二つ(フランスのパリ・オペラ座、ロシアのマリインスキー・バレエ)が王室による設立・擁護の中で数百年の歴史を持つのとは対照的に、ニネットという個人が建てたわけだから、スタートも似ている。

サドラーズ・ウェルズ・バレエ団になったニネットのバレエ団はその後も名前や拠点や体制を変えながら後に王立の称号をもらうわけだけど(ざっくりな説明でごめん)、それを言うなら日本だって日本唯一の国立バレエ団があるわけじゃんね。→新国立劇場バレエ団(1997年~)
うむ。イギリス王室がロイヤル・バレエ団とサドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ団を王立バレエ団にしたのが1956年と考えると、実にスタートから国の支援を受けるようになるまでざっと40年以上も差がついて、その内容としてもロイヤルはメソッドまで確立しているあたり、なんという成長スピード。。

改めて考えてみると、日本がどうのというよりイギリスがすごいだけかも( ゚Д゚)

(そういえばバレエ団傘下の学校以外に教室ってどんな感じなのかなぁとふと思ったので調べてみたら、日本の程数は多くないにせよあるのはあるみたいですね。
本格的にプロ目指さない子達のバレエ事情っていうのもまた聞いてみたいなぁ)

 

冒頭に戻り、前川さん(ご自身の娘さんがイギリスに留学しておられた経緯もあり、非常に興味深く面白いお話を色々聞かせていただける)曰く
もともと芸事っていうのはどこの国でも底辺の階級の仕事であったわけだけど、良くも悪くも抜け目のない合理的思考のイギリス人は、地位向上のためにいろんな仕組みや組織をきっちり作ってきたのでは、という。
そう言われてみれば日本においてのバレエは外から入ってきたもので歌舞伎などのように底辺から上がってきたものではない、だから(個々のダンサーの踊りを除く)全体的な「向上」に対してあまりハングリーでなかったということ
かもしれないな~と私も思う。

そして、ハングリーどころか今や「習っているよ」と言えば豊かさをさりげなーくアピールできるセレブなお習い事になってしまった日本のバレエ(毒)

日本の舞台は純粋な興行によるものではなく、踊り手(生徒)を増やすことで成り立っている舞台かも。ざっくり言い過ぎ?
一体どんな人を観客層のターゲットにしているんだろう?と考える時がある。
少なくとも費用も回数も内容も多勢に受け入れられやすいとはとても言えないから大衆娯楽ではないよね。

文化も国民性も違うから比較することはナンセンスだとは思うけど。

思うんだけど、、ねぇ(-_-;)

 

今までの歴史はどうあれ、一日も早く才能豊かなバレエ少女たちが経済的な心配なく、その才能を発揮して自国で活躍していけるようになって欲しいです。

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 なにも画像がないのもあれだから、製作途中の写真など( *´艸`)
2016-06-05 17.54.00

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